「カゴアミドリ」の伊藤さんと、かごについて考える。

「カゴアミドリ」の店内には、日本だけでなく世界のあらゆる地域から届いたかごが並びます。

 

 

 また春がやってきましたね。だけど日々の暮らしは、ほとんど変化のないまま過ぎていきます。続けていることは日常になってしまうと、その本質をうっかり忘れたり、そこにある機微を、心に留めることなくやり過ごしてしまったり。もったいないことをしていると感じます。
 自分が好きなものや本分としていることを、繰り返しちゃんと見つめてみることは、嬉しい、楽しい、を深くすることに繋がっていくから、とても大切なのだと改めて思う今日この頃。
 相変わらずかごが好きですが、もしかしたら以前ほど情熱を注げていないかもしれないと気がつき、詰めの甘い性分を思い知ったり・・・。そんなことをボンヤリ考えていたら、ひとりの知人の顔が思い浮かびました。
 「カゴアミドリ」の伊藤征一郎さん。東京・国立で、かご専門店を営み、編組製品と呼ばれる自然素材で編まれたものを深く学ばれています。久しぶりに伊藤さんの話を聞きたくなり、お店を訪ねました。
 そもそも、伊藤さんがかごに興味を持ったのは何がきっかけだったのか、ちゃんと聞いていなかったような・・・。
「妻が国際医療援助の仕事に携わっていたことで、発展途上国に関心を持ったのがきっかけです。そうした地域に、ふたりでできる支援はないかと探っていくなかでかごに辿り着きました。だから、特にカゴ好きというわけではなかったんですよ」
 伊藤さん自身は山歩きが好きで、アウトドアメーカーに勤め、会社のポリシーである環境保護に対する姿勢に共感を持ち、その分野に情熱を傾け仕事をしてきた背景があります。
「僕と妻は同い年で、40歳になるまでに何か一緒にできる仕事をしよう、という目標がありました。途上国への支援になり、できるだけ環境に負荷をかけないものづくりを紹介する仕事がいいと考えていて、いろいろな手仕事を調べていくなかで、かごに惹かれたんです。かごは最も原始的な道具だけれど、その土地の自然や、人々の暮らしに則している個性豊かなものなんですよね。かごを商いにするにあたり、自分自身で使ってみると実に機能的で、用の美を兼ね備えていることに心を動かされていきました」
 伊藤さんの言うとおり、かごには、その土地であるからこそ生まれてきた形や用途があります。素材となる植物の違いだけで、用途は同じでも趣はかなり違ってくるのもかごの魅力だと言えます。
「だから、本来は自分の暮らす土地でつくられたかごを使うのが理想だと思うんですよ。風土に合っているし、その土地の人々の知恵が生かされているわけですから。仕事を始めた頃は、あらゆる地域のかごを扱うことへの矛盾だったり、違和感がありました。でも、今は海外のかごもあわせて紹介する方が意義があると思っています。その文化や歴史を知ることで、日本に住む私たちの暮らしと、まったく無関係ではないことを理解するきっかけになると思いますから」

 

伊藤征一郎さんと朝子さん。ふたりとも人道支援や環境保護活動に尽力されています。

かごは、おふたりにとって世界を知る入り口であり、ひろく紹介していきたい大切な存在です。

 


 実際、伊藤さんはかごを通して、さまざまな国の生活文化の違いに触れています。あらゆる地域に出かけて行き、かごのつくり手に会い、その暮らしを見つめている。一緒にかごの話をしていると広範な知識に驚きます。素材となる植物の話、つくり手の生活の様子、つくられる国の情勢など、その造詣の深さは、もはや研究者の領域と言っても過言ではありません。その知識の深さには、売り手としての責任感からくる真面目さが根底にあるのですが、やはり、単なる商売だけではない、人道支援や環境保護という大きな目的が基本にあってこそなのだろうと思うのです。私が伊藤さんと仕事を共に出来る喜びも、そこに賛同するからです。
「勤めていた会社から離れ、自分に出来ることを模索しました。僕は山歩きが好きだし、そこで得られる気持ちよさは自然が与えてくれるもの。人工的につくられたものではないんです。だから、それを守りたい」
 環境保護を考える上で、経済発展とのバランスなどを考慮し、その線引きをどうするのかは難しい問題です。例えば100年以上前の環境に戻すことは今の段階では現実的ではなく、かといって、このまま楽観視していては危険であると私個人は考えます。新たな技術が持ち込まれ、環境保護に画期的な光がもたらされることは期待したいけれど、個人が、もう少し能動的に捉える必要があると感じています。
「人それぞれに考え方は違うけれど、今、何が起きているかを知ることは大事ですよね。かごという自然素材の道具が好きな人なら、少なからず興味があるはず。マイクロプラスチックが海洋生物に与えている影響など、今すぐに手を打ちたい問題を、トークイベントやワークショップというかたちで発信しています」
 伊藤さんは穏やかな人で、けして声高に主義主張を叫ぶタイプではありません。だから尚更、その問題提起に耳を傾けたくなるのです。
「週末だけゴミ拾いをしているだけでは、もう解決しない切羽詰まった問題があることを知ると、違った運動を起こす必要があると気づきます。大量生産をしている企業を動かすには、僕たちの消費行動が要です。小さなことだけれど、結局はひとりひとりのもの選びが基本になるのだと思います」

 

プラスチックごみが海洋生物に与えている悪影響は、もはや無視することはできない状況です。

「カゴアミドリ」では、実際に生物たちの胃から出てきたプラスチックごみを展示したり、

トークイベントを開催し、現状を知る活動を続けています。

 


 ちっぽけな私の経済活動でも、買いものをするときに、より気分良く使えるものは何かを吟味するだけでも、明日の世界の力になることを信じたいと思います。そして、私たちは孤立しているわけではなく、世界中と繋がりながら生きているから、対等な取引も重要です。今も、相変わらず世界のどこかで紛争があり、そこで犠牲になった持たざる人々に思いを寄せることも、人として忘れたくはないのです。
「かご製品には、多くのフェアトレード製品が存在しています。今なお紛争が続いているパレスチナでは、かつて暮らしていた土地や生活の自由を奪われてしまったなど、日々のくらしに不安を抱えている女性たちが、かごを編む技術を習得できるフェアトレード団体があります。かごを編むことで、収入の一部として家族の暮らしを支え、ものづくりをすることで心の癒しにもなっている。遠く離れた国に住む私たちが彼女たちのかごを好きになれば、大きな励みになると思います。」
 かご、という世界中にある手仕事の製品が教えてくれることは多く、ものづくりの本質を問いかけてくることもあります。現在、日本では良くも悪くもかごブーム。そこには、本来の手仕事の尊さを配慮しないものづくりが行われていることもあります。
 日本のかご、フランスのかご、北欧のかご、などと同じような製品を人件費の安い国でつくらせて販売する業者が存在します。その行為は違法というわけではありません。売れるから、つくる。それはある意味市場の原理、商売とはそういうものなのかもしれません。でも、そのかごをつくっている職人は、先進国の職人より安価で雇われ、本来手がけていた自国のかごを編むことをしなくなります。このことは、個人の表現として自由に編まれるかごとは異なるものです。
 かごは伝承によってつくられるため、文献や製品が残されたとしても、教える人がいなければつくれなくなる可能性があります。繊細な稀少性の高い意匠のものは特にその危険性が高まります。その土地で脈々と受け継がれてきた、暮らしの知恵や美意識が宿るかごは、いわば人々のアイデンティティーとも呼べる独自の文化です。それを失うのは、あまりにも悲しい。
 かごに、えも言われぬ魅力を感じるのは、きっとそうした背景を遺伝子の記憶として持っているからと考えるのは大袈裟でしょうか・・・。だけど、私は子どもの頃から、何故だか、どうしてもかごが好きだから、そのように思えてならないのです。
「長く、店をやっていきいんです」と、伊藤さんは言います。
その言葉には、覚悟がありました。たとえ小さな灯であったとしても、続けていくことで振り向いてくれる人は日々増えていくはず。その人たちと思いを共有し、良い流れを育んでいきたい。次の世代に、素敵な知恵やものづくりの素晴らしさを伝えていくため。
 なんとなく、お説教的な話になってしまいましたが、何せ、かごが好きなものですからご容赦を。伊藤さんの背中を追いかけながら、これからも、かごを巡る日々を楽しもうと思います。

 

かごには、それが生まれた地域の暮らしの知恵や美意識が宿っています。

それは、その土地だからこそ思いついたであろう形や用途が存在しています。

そうした原点に、私は人々の物語を感じ、ものづくりの素晴らしさも見ています。

この美しい生活道具が、これからもずっと、それぞれの育まれた土地でつくられ続け、使われていくことを願ってやみません。

 

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